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2005-01-04 18:29:00

『輸送経済』 平成17年(2005年)1月4日

 

役割はむしろ広がる
欧州の普及 乗って楽しいから

 燃料電池自動車が市街地で試験的に走行するようになり、次世代エネルギーとして燃料電池への注目が高まっている。究極のクリーンエネルギーといわれる燃料電離の登場で、ディーゼル車の役割はどう変わっていくのだろうか。
 金谷氏は「燃料電池社会の到来は大きな可能性を秘め、極めて重要だと考えている。だが、今の時点のCO2対策としてディーゼル車は非常に有効だ」と語る。
 燃料電池の普及は徐々に進んでいくというが、今後二十~三十年の間は、石油が主流エネルギーであり続けるという。金谷氏はそのことを踏まえながら、石油を最大限効率的に使う視点が重要と指摘。そのなかでディーゼルの役割はまだまだ十分にあると主張する。

 燃料電池は水素と酸素の化学反応を利用した発電システムだが、燃料となる水素を取り出すのに、石油は有力な素材のひとつ。
 水素はガソリンや灯油からは取り出しやすいものの、軽油や重油からは取り出しにくい。また、コストもかさむという。石油の精製過程では、軽油や重油は必ず出るため、ガソリンだけを精製するわけにはいかない。
 金谷氏は「今後、燃料電池が普及し、石油から燃料電池用の水素を取り出すのにもガソリンの利用が増える。その一方でディーゼル車を普及させ、軽油を効率的に利用していくことが、石油全体の利用やCO2削減にもと利にかなっているのでは」と指摘する。

 また、DME(ジメチルエーテル)を燃料にしたディーゼルエンジンのトラックも注目されている。 コープ低公害車開発や福山通運など民間九社と産業技術総合研究所は、DMEを燃料とした車両総重量八トンのトラックを開発。昨年六月ごろに長距離走行実験を行っている。
金谷氏は「DMEの利用が、将来どれくらい広がるかは見えにくい。ただ、日本のエネルギー自給率はわずか四%。自国のエネルギー確保などを考えるとひとつの選択肢として残したほうが良い。DMEの利用が広がってもディーゼルは十分活用できる」と太鼓判を押す。
DMEは通常、天然ガスや石炭からつくりだすことが多いが、バイオマス(生物資源)からも製造できる。

「日本は森林も多く、残材も十分。ゴミからもDMEは製造可能だ。数十年後にバイオマスを活用する時代が来ても、ディーゼルは生き残れる」という。 ディーゼルエンジンはトラックやバスだけではなく、乗用車でも効果を発揮できるのか。

一般ユーザーの潜在需要は高い
 金谷氏は「トラックは構造上、ディーゼルの利用は必然だが、乗用車には選択肢がある。ディーゼル乗用車がゼロ%に近い日本は、ヨーロッパと比べると著しくバランスを欠いている。地球温暖化問題などを考え、一定の乗用車割合をディーゼル車にシフトする効果は極めて高い」と語る。
 金谷氏によれば、ディーゼルの良さを見直そうとする試みも、マスメディアなどを通じて徐々に広がっているという。

 ディーゼルのイメージアップを図るのに最も効果的な方法を尋ねると、「一度ディーゼル車に乗ってみれば分かる。これまでの悪いイメージが吹き飛ぶはず。ヨーロッパでディーゼルが支持されるのは、環境意識が高いというより、乗ったら病み付きになることが一番の理由だろう」と身をもっての体験を薦める。
 「ユーザーの方がディーゼル車を潜在的に求めているのではないか。もう少しメーカーがディーゼル車の製造に乗ってほしい。触れるチャンスができれば、世論は一気に盛り上がり、CO2に関係なく、ディーゼルに乗りたいという声が高まるはずだ」という。
 今年から始まる新長期規制の排ガスについては、「NOx(窒素酸化物)やPM(粒子状物質)の水準は、普通に生活する場面において、影響を与えることは、まずあり得ない」という。
 さらに、今年答申の出るポスト新長期規制になれば、NOxもPMもガソリン車並みになるとしている。

 これだけメリットを挙げられるディーゼル車が日本ではなぜ悪玉になったのか。
 金谷氏は、「交通システムや都市計画にも問題があった。ヨーロッパでは大型車の走行ルートと住宅街を区分し、物流ルートと居住空間のすみわけたが、日本ははじめからそのような思想がなかった」という。
 「大型トラックが高速道路などで住宅街から離れた場所で走る分には、大気汚染も問題にならなかったと思うが、民家のすぐわきを通る交通システムになっていたため、影響が顕著だった。大通りから二、三十メートル離れれば、大気の状態もぜんぜん違う」と話す。

 金谷氏は、環境対策と合わせて、行政が都市計画や交通システムを今後長期にわたって見直す必要があるという。
 「トラックは物流にとって必要不可欠。環境に加え、安全の視点からも、トラックのルートと居住空間を上手くすみ分けることで、さらに社会との調和を保てるはず。検討しても良い時期ではないか」と語った。


2005-01-03 18:30:00

『開発こうほう』 1月号

 

 いよいよ来年、家庭用の燃料電池が発売されます。これもまだ当面、あと2、3年はかなり値段が高い事が予想されますが、とりあえず一般家庭でも1kWクラスの家庭燃料が買えるようになるということで、いよいよ市場投入前夜という段階になってきています。
さて、こういった燃料電池の中でも、当面はインフラが整っている化石燃料系のものから水素を取り出すということですが、やはり将来的にはバイオマス、あるいは水、あるいは日本の場合は複性水素もたくさんあるのですが、こうしたものから水素を取っていく必要があるということで、バイオマスにも大変期待がかかるのです。

 全国のバイオマス技術というものを何十か所か見せてもらいましたが、最近いろいろ革新的な技術も出てきました。その中の一つで、エネルギー利用へ向けての技術としては非常に面白いと思ったのは、この北海道の留萌にすでにできている「マルチコンバージョンシステム」と呼ばれる亜炭化装置です。  家畜糞尿、農業残さ、水産物廃棄物、生ごみ、下水汚泥、プッラスチック、木、そういったものすべてをこのような釜に200℃、20気圧、この20気圧というのっがみそなのですが、入れますとわずか45分で炭化の前段階の粉土のような状態になって出てくるのです。私が行ったときは、魚そのものを入れてましたが、骨も何もすべてこうした状態になって出てきていました。

 このシステムの特徴は、何を入れてもよいということです。これには、20気圧という、亜臨界に近い領域での水蒸気の活性度がかなり影響しているのです。ある程度の水分調整が必要ですが、出てきたときに50%くらいの水分が、1日たつと20%まで減るのです。これはおそらく、この圧力をかけ、この温度でやることで、粒子の形状がかなり乾きやすいものになるからです。実はこれをそのまま、いまの熱分解炉に入れてしまえば、ガズ化して発電もできる。

 燃料電池はまだちょっと値段が高いので、当面はガスエンジンなどを使うにしても、ウエットバイオマスから極めて高い効率でエネルギーを取り出すことが可能になるのです。このシステムのもう一つのメリットは「分散型」に適しているということです。非常にコンパクトな機械でよいのですから、バイオマスかを遠くから大量に回収する必要がない。それから、将来はSOFCなど高効率の燃料電池が実用化されてくれば、ある程度のバイオマス資源、ウェットなものでも、だいたい1日1トン当たり50kWを定格で発電できる、超高効率のバイオマスエネルギー活用の可能性が出てきます。

 また、このシステムのもう一つ大きな特徴は、作られた阿炭化された粉土状の物質が有機肥料としても極めて有望だということが分かってきたとです。それが「マルチコンバーションシステム」といわれる所似です。いずれにせよ今後のバイオマス技術の確信とそれが普及するための法改正など環境整備に期待します。


2005-01-03 18:27:00

平成17年(2005年)1月3日

日本と欧州では正反対

「これがディーゼル車とはとても思えない」
今年の5月のゴールデンウィークに横浜市の赤レンガ倉庫の広場で欧州の自動車メーカー、自動車部品メーカーなどが中心となって、ディーゼルの良さを知ってもらうことを目的としたイベント「スーパークリーンディーゼルオートフェスタ」が開催された。その中で最新のディーゼル車の試乗会も行われ、多くの人々が口々にしていたのがこの言葉である。

ディーゼルは日本では悪の代名詞として扱われている。
東京都の石原慎太郎知事が記者会見で、ペットボトルに入った真っ黒いすすをふって、「これが身体の中に入るんですよ」と言ってみせるパーフォーマンスが記憶に新しい。これを見た大半の人がディーゼルは健康被害、環境汚染の元凶で、ディーゼルは悪者だと感じてしまっただろう。

ところが、欧州ではディーゼルに対するイメージが全く異なる。
日本では考えられないことだが、ディーゼルに、知的で環境に優しい高級な車というポジティブなイメージを持っているのである。実際、ガソリンエンジンよりも製造コストが高いディーゼルは「高級車に相応しい」と、プライドをもってこのエンジンをつくるエンジニアも多いと言う。

2002年欧州市場におけるディーゼル車販売台数は、乗用車、大型車を含めて580万台。なかでもフランスはディーゼル車比率が60%と高く、ルノーの予測では2006~07年には欧州全体でも50~60%にまで拡大されると見込まれている。環境意識の高いドイツでは2001年上半期の国内自動車メーカー全生産量のうちディーゼル車が占める割合は37.4%。同時期の日本は7.8%であるから、4~5倍ということになる。さらに、そのうち乗用車に限ると日本ではディーゼル車比率がガソリン車比0.4%とほとんどゼロといっていい状態になっているのに対し、欧州ではなんと全乗用車の40%以上をディーゼルが占めている。

革新技術が"歴史"を変えた

では、日本と欧州のこうしたイメージの極端な差はなぜ生まれたのか。
それは、冒頭のディーゼル試乗者の感想にも端的に現れているように、今のディーゼルを知っているか、知っていないかという点が極めて大きな要因だろう。実はディーゼルエンジンは1997年頃を境に全く別のエンジンにかわったと言っても過言ではない。

その重要な技術革新の要素が「コモンレール」と「ターボ」だ。
コモンレール式ディーゼルとは、その名のとおり、高圧燃料を蓄圧室(コモンレール)に蓄え、エンジンの運転状況に応じて最適な噴射量と噴射タイミングをコンピューター制御で決定し、電磁式のインジェクション・ノズル(燃料噴射弁)から噴射する方式である。コモンレールによる超高圧噴射と多段噴射はトレードオフの関係にあったPMとNOxの両方を大幅に減らし、さらに騒音をも低減させることを可能にした。

ターボとは一種の空気圧縮機のことで、大量の空気を圧縮した状態でエンジンの燃焼室に送り込む。圧縮された空気は密度も増しているので、より多くの酸素を送り込んでいわゆる過給状態で燃焼させることができる。それで同じ大きさのエンジンでも、ターボつきの場合はより高出力を発揮することができるようになった。

ターボとの相性はノッキングが発生しにくいので、ガソリンエンジンよりもディーゼルエンジンのほうが良い。ディーゼルがターボを備えた場合、高出力のうえ、エンジンの小型化が可能になって燃費がさらに向上する。エンジンの小型化・軽量化は、それを支えるシャーシーの軽量化に、そして車両重量の低減につながり、相乗的に燃費向上が得られる。

こうした「コモンレール」と「ターボ」などの技術によってまさに「ディーゼル」は「クリーンディーゼル」へ生まれ変わった。

図1はディーゼルの最大の欠点であるPMとNOxの排出規制の推移を示した。
2003年から2005年までの規制は「新短期規制」と呼ばれ、NOxは未規制だった1974年以前の排出と比較すると当時の80%減まで抑えられており、またPMのほうも1994年以前から80%の低減となっている。
今年の秋から施行される「新長期規制」ではさらに厳しい。これは2010年に予定される米国の規制が実現するまで、世界で最も厳しい規制となり、NOxでは同88%減、PMでも同97%減にまで抑えられる。加えて、「燃料」「燃焼」「後処理」と「制御技術」のそれぞれで、数多くのディーゼルエンジンに関わる技術革新が進行中で、“クリーンディーゼル”は2010年ころには“スーパークリーンディーゼル”へとさらに生まれ変わることが期待されている。
このように静かでクリーンでパワフルに生まれ変わったディーゼルに乗る機会の多い欧州では、1990年代後半からディーゼル車がぐんぐん選ばれていった。

一方の日本は、悪いイメージが加速されるとともにディーゼルが減り、クリーンになったディーゼル車に乗る機会もほとんどなくなり、メーカーもディーゼル車を投入しなくなるという悪循環に陥っていった。

このように特に日本でディーゼルの悪いイメージが定着してしまった理由はいくつかの複合的要因が考えられよう。
一つは、日本では1970年代に光化学スモッグの多発からNOxの規制が実施されたが、 当時のディーゼル技術ではNOxとPMがトレードオフの関係にあったため、一方のNOxのみの規制によりPMの排出量が増加することとなってしまった。それにも関わらずPMの規制が行われたのは1994年と、約20年間もPM問題が置き去りされた。
これによって黒煙をまきちらすトラックがしばらく走りつづけることになってしまった。 過積載トラックが数多く走っていたことや長持ちするというディーゼルの長所が逆にあだとなって、こうした古い悪いディーゼルが最近まで走りつづけていたこともそれに拍車をかける要因となった。

二つ目はこうした状況によって住民への健康被害が発生し、明確にそれを裁判の判決が裏付けたことだ。
2001年、PM規制の流れを一気に加速させる重要な訴訟判決が言い渡された。1月31日、神戸地方裁判所は「尼崎大気汚染公害訴訟」の判決で、「住民が健康を害したのはディーゼル排気粒子が原因である」と言明し、国と道路公団に「一定以上の汚染を出してはならない」という、いわゆる公害差し止め命令を言い渡したのである。

さらに、これは日本の交通システムとまちづくりにも深く関わっている。
日本で高度成長以降、都市への一極集中も加速し、道路のすぐ隣まで住宅が密集してしまうことになってしまった。これもディーゼル排出ガス問題を深刻化させた。早い時期から都市デザインという考え方が根づき、一極集中を避け、衛星都市を幹線道路でつないでいる欧州では、こうしたことは見られない。都市の真ん中まで大型車が侵入してくるようなことも少ない。きちんと迂回するバイパスが用意されており、都市のなかは小さなトラックに荷を積み替えて走るように制限されているのだ。

三つ目は走行距離の違いだ。
小さな島国である日本ではかなり走る人でも一年間に1万キロ程度だが、国が陸続きでつながっている欧州のディーゼルユーザーのなかには一年間に3~4万キロ、人によっては10万キロ近くも走る人が少なくない。これだけの長距離を走るなら、燃費のいいディーゼルが圧倒的に優位だ。日本ではディーゼルのランニング・コストによるメリットが小さいため、完全にイニシャル・コスト志向になってきたのだ。

そして四つ目は前述したようにやはりあの石原東京都知事のパーフォーマンスだろう。
これはディーゼルの悪イメージにある意味とどめを刺した。
しかし、誤解のないように言っておくが、私はむしろ東京都の「ディーゼルNO作戦」こそ燃料の軽油の低硫黄化を促し日本のクリーンディーゼルへの動きを加速させることになったと考えている。ただひとつ注文をつけておくと「ディーゼルNO作戦」ではなく「古い悪いディーゼルNO作戦」と命名すべきであったろう。


地球温暖化対策の切り札

これまで、ディーゼルはその最大で唯一の欠点「排出ガスによる大気汚染」を克服しつつあることを中心に述べてきたが、これを除けば実はディーゼルには耐久性、燃費、CO2排出、燃料多様性、パワーなど極めて大きな長所が数多く存在している。この中でもCO2排出については地球温暖化防止の観点からも対策が急務となっており、今年2月には、日本として2008~2012年に1990年レベルのCO2排出の6%減を達成させるという「京都議定書」が発効された。さらに地球温暖化対策推進法も今年中には国会を通過して、来年4月には施行される運びとなっている。

地球温暖化対策の中でも年々CO2排出量が増え続けている運輸部門の対策は極めて重要であるが、今のところ決定的な対策が見当たらないのが現状だ。期待された燃料電池自動車は未だ残る多くの技術的課題やコストの課題からその普及は2020年を過ぎてからと見られている。

こうした中でディーゼル車の役割の重大性が改めて注目され始めている。
ディーゼル車はガソリン車に比べて燃費が良いため約20%程度走行中のCO2の排出量は少ない。もし日本でディーゼル車比率が10%になるとCO2を約200万t減らすことができる。これは運輸部門のCO2排出削減割り当ての約13%にも達する。さらに燃料製造の段階でも精製過程が複雑なガソリンとシンプルな軽油ではCO2排出量に大きな差がある。同様に日本のディーゼル比率が10%になると、燃料製造プロセスでのCO2排出量は約170万t減るという試算もあり、これらを合わせると約370万tのCO2排出削減、運輸部門のCO2排出量削減割り当ての約25%に相当する。ディーゼル車比率をさらに増やして仮に40%になったとすると、何と1500万tのCO2排出量削減、運輸部門のCO2排出削減割当てをこれだけでほぼ達成してしまうと言う事になる。

またディーゼル車の燃料は当面は化石燃料である軽油が中心となるが、その他にも廃食油や菜種油などバイオマス資源でつくられた燃料も活用することができる。こうしたバイオディーゼルだとCO2排出と吸収の収支がゼロになるカーボンニュートラルを実現でき、こうした燃料を一部軽油に混ぜることによってさらなるCO2排出削減が可能となる。

今後は天然ガス起源のGTLや天然ガスのみによらず石炭ガスやバイオマスなど様々なものを起源にしてつくられるDMEなどディーゼルの新燃料も実用化されつつあり、スーパークリーンディーゼルの一翼を担うと考えられる。さらにそのスーパークリーンディーゼルの最終形がディーゼルハイブリッドだろう。

通常ハイブリッドといえば、ガソリン車のイメージではなかろうか。トヨタ自動車が1997年に発表したガソリン車のハイブリッド、「プリウス」は新しい技術とコンセプトを持つエコロジカルな車として大きな話題と人気を呼んだ。

図2には各種の自動車の車両効率と総合効率を示した。

ディーゼルハイブリッド車(ディーゼルHEV)の総合効率は、当面の目標値でも燃料電池車(FCV)を大きく上回っており、燃料電池ハイブリッド車(FC-HV)と同程度である。将来的にも両者の優越は均衡しており、ディーゼルハイブリッドこそが燃料電池に対抗できる唯一のシステムになる可能性が高い。

さらにハイブリッド化することにより、ディーゼルエンジンで排出ガスが悪化しがちな加速時など、モーターの補助を得ることができれば飛躍的な排出ガス改善が可能になる。ことにディーゼルにとって強い味方であるターボチャージャーの泣き所は唯一レスポンスがどうしても悪く、加速直後はターボがすぐに効かないことだ。しかしこれを、モーターでアシストできれば鬼に金棒である。さらに排気後の処理が困難となる低負荷の運転を中止することができるので、その点からのメリットも非常に大きい。
バイオマス起源の燃料を活用したディーゼルハイブリッドは非化石性燃料起源の水素を活用した燃料電池車とともにCO2削減、そして今やエネルギー自給率わずか4%という日本の自給率の向上にとっては持続可能社会におけるモビリティーの究極の姿であろう。
さらにもうひとつ。燃料電池、水素エネルギー社会への移行という意味においてもディーゼルは非常に重要な役割を演じる。
原油からは、ガソリン、灯油、軽油、重油といった石油製品が精製時に一定のバランスでつくられる。このなかで改質によって水素を取り出すことが比較的容易なのはガソリンと灯油で、これらの改質器は既に実用化されているが、ディーゼル燃料の軽油は改質して水素を取り出すことが大変難しい。したがって水素を取り出しやすいガソリンはなるべく燃料電池車用の水素に、水素を取り出しにくい軽油はそのままスーパークリーンディーゼルエンジン用として使っていくことが望ましい。
このようにして石油を最も効率よく使い切ることで、原油全体の消費量を減らしていくことができ、天然ガスやバイオマスなど再生可能エネルギー起源燃料に転換していくことが容易になってくる。
また前述したDMEやGTLなどはディーゼルにも燃料電池にもどちらの燃料ともなるので、インフラの共通化を図りやすい。燃料電池車の普及にもディーゼルは不可欠なのである。

 

汚名をすすぐ日
このように見てくると、ディーゼルは悪者ではなくむしろ環境、エネルギー問題の救世主で、今程ディーゼルが求められている時代はないことがわかる。こうした状況の中で日本政府にもディーゼル推進の動きが起き始めてきた。
経済産業省は昨年9月より「クリーンディーゼル乗用車の普及・将来見通しに関する検討会」をスタートさせた。前述した「スーパークリーンディーゼルオートフェスタ」のように民間でもディーゼルの推進の動きが芽ばえてきている。(写真)
人間社会でも風評被害にあったものが復活するには大変なエネルギーが必要となる。仮にディーゼルが未来の地球と人間にとって極めて重要な存在であった場合、それをイメージが悪いといって除外してしまうことは、結局、体裁を優先して子孫から本来享受できるベネフィットを奪ってしまうことになるだろう。
もちろんこれまでのディーゼル車をつくってきたメーカーを全面的に肯定するものではない。さらなる努力の余地があったことも否めない。しかし、日本では“ディーゼル”は本来の実力に比べると間違いなく過小評価を受け、非常に不遇な運命をたどってきたと言わざるを得ない。
実はこうした悲運はディーゼル誕生からすでにスタートしている。
ディーゼルエンジンは19世紀の終わりにルドルフ・ディーゼルによって開発された。
ルドルフは、当時動力の主力だった蒸気機関の効率の悪さやメインテナンスの困難さを目のあたりにし、究極の熱効率のエンジンをつくるという強い思いにかられディーゼルエンジンの試作を重ねた。構想から19年の月日を経て1897年、ついに当時の熱機関の頂点の性能を示す熱効率26.2%という新記録を達成するディーゼルエンジンの長時間運転に成功した。それから100年以上経つ今でもこのディーゼルエンジンは内燃機関の中でトップの熱効率を誇っている。
ルドルフはディーゼルエンジンの開発の前提として地域でできる再生可能な植物油を使うことを念頭に置いていたと言われ、バイオマス資源の重要度が一段と高まっている今日こそ、その先見性と技術哲学が見直されよう。
しかし、そんなディーゼルも順風満帆とは行かなかった。やはり同時代に開発され実用化されたガソリンエンジンは、小型で軽量なため自動車に搭載され一躍脚光を浴びていった。
ディーゼルエンジンのほうは小型化が困難だったため、その熱効率の高さにも関わらず、内燃機関の主役の座を得ることはできなかった。ディーゼルは自動車ではだめだ、という風評が広まった。そしてルドルフは1913年自ら命を絶った。
ルドルフの死から11年経った1924年、ベンツ社(後のダイムラー・ベンツ社、現在のダイムラー・クライスラー社)がディーゼルトラックを発表、さらに1936年にやはりベンツ社が世界初のディーゼル乗用車を市場投入した。
それ以来、ディーゼルエンジンはさらなる進化をとげ、「大きなものから小さなものまで動かす力」として一気に花を咲かせることになる。
そして今、ルドルフが「自動車にディーゼルはだめだ」というディーゼルの悪評に苦労していたころから100年経ち、再び悪者になったディーゼル。そしてクリーンディーゼルの登場とともに蘇った欧州のディーゼル乗用車といまだ絶滅の危機にさらされる日本のディーゼル乗用車。日本はこれからどこへ向かうのか、その選択は私たちユーザーにかかっている。


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